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2011年1月27日木曜日

日本弁理士会の言う「知財立国の危機から一刻も早く脱する方策」の疑問

日本経済新聞2011年1月25日の意見広告
「(前略)日本は特許本来の制度面や、産業技術力というポテンシャルでまだ世界に対しアドバンテージがあります。だからこそ知財立国の志を再確認して、知財戦略を加速することが重要です。手をこまねいている時間の余裕はありません。」

日本弁理士会の会長の弁です。

私も知財の世界で働いている者ですので、特許制度の趣旨・価値と目的については十分承知しています。しかし、弁理士会会長からして、このような認識と発想で果たして良いのかと疑問に思うところがあります。

まず、企業がなぜ特許出願を近年減らしているのかです。
企業は何も弁理士会に義理立てて出願をするわけでも、特許出願件数を競う目的で出願するわけでもありません。経済システムの中で特許制度が本来の目的と役割を果たしているなら、出願を減らす理由はありません。換言すれば、既存の特許制度が現在の経済システムの中で、企業にとって十全に機能していないのではないかということです。

「特許本来の制度面」に問題があるからあえて出願をしないという点については、前掲のブログに述べたとおりです。「価値ある発明」だからこそ、秘匿して第三者の模倣や侵害から守ることも企業戦略とせざるを得ないような様々な事象が経済の世界では近年顕著になってきています(トロールや中国による技術の模倣など)。出願が公開されることによるリスクは決して看過できないものがあります。出願や訴訟などで企業側が負担する人的・経済的なコストは膨大なものになりつつあります。開発・権利化段階で企業があらゆるリソースを消耗してしまうケースも近年は増えています。特にIT関連では、技術のコモディティー化が早く、特許制度が追いついていないのが現状です(審査の質/早さなど)。せっかく出願して権利を取得しても、その頃には技術そのものの市場での価値が薄れてしまっているという状況があります。

コストの面では、外国に特許を出願しようにも、翻訳費用がかかってしまい二の足を踏む状況は依然として解消されていません。前項のブログで述べたように、出願に用いる日本語自体を「産業日本語」化して、少しでも翻訳にかかるコストや労力を減らすような提言を弁理士会は率先してすべきでしょう。二の足を踏むような状況がある限り、いくら弁理士会が笛や太鼓を鳴らそうが、企業は踊れないのです。弁理士などの特許の専門家だけが作成・理解できる日本語で明細書を作成している限り、それを外国語に翻訳することにかかるコストと労力は将来にわたっても減ることはないからです。また、外国企業が日本に出願するに当たっても、今の日本語が障壁になっているとも言えます(審査段階での、日本語の解釈上の36条関連の拒絶理由は外国企業にとっては不可解千万なものです)。

コストの面だけでなく、日本の世界に対する技術発信力を高めるためには、そこで用いられる日本語そのものについての見直しが急務だと考えます。特許業界でも特に技術翻訳業界にとって、「産業日本語」の導入は精度の高い機械(自動)翻訳の普及や翻訳単価の引き下げ要求につながりかねない要素なので、同じ特許業界の弁理士会がどこまでその導入についてイニシアティブを取れるか疑問ですが、「産業日本語」を一刻も早く検討・導入しなければ、日本語に比較して英語のアドバンテージがますます強まることになります。欧州特許庁のようにアジア圏において広域特許制度が将来確立されることがあれば、日本語を出願・審査言語として残すためにも「産業日本語」化は必須でしょう。

「産業技術力というポテンシャルでまだ世界に対しアドバンテージ...だからこそ知財立国」については、アドバンテージは技術力そのもので測るものではなく(技術訴求)、企業活動・経済活動において市場で認識されるべきものです。つまり、企業にとってはモノを製造・販売して利益をあげることが目的であって、研究開発や知的財産が目的ではありません。企業活動・経済活動が停滞しているのは、「知財戦略」が「加速」していないからである、という弁理士会の論法はその意味で、市場での認識(後述の「どうやって売るか」)という点を省略した中抜論のように私には思われます。

制度とか権利があれば、果たしてモノやサービスは売れるのでしょうか?企業は技術力と知的財産があれば、戦略を立てられるのでしょうか?30年前なら「YES」です。しかし、今では「NO」でしょう。プロパテント⇔アンチパテント、技術や経済力の南北格差問題、資源の持てる国持たざる国の対立、特許を持つ国持たざる国の対立、開発と環境保全、バイオ技術と生命倫理などの、特許庁や知財の範疇を超えた極めて政治的・地域的・民族文化的な問題に対して、知財立国だけでは答えにならないでしょう。

同じ日本経済新聞2011年1月14日掲載の記事
「高度な技術力とコストダウンだけで勝負するという日本の従来型の戦い方は限界が見えてきているからだ。...今、日本企業に一番重要なのは、高度な技術力を収益につなげるビジネスモデルの創出である。平たく言えば、自社の優れた技術・製品をどうやって売るのかという仕組み(売る仕掛け)をつくることである。...現状、高い技術力だけが他社との差異化策という日本企業はまだ多い。技術訴求とは違った、新たなビジネスモデルづくりの成功事例が数多く出てくることを望みたい。」(東レ経営研究所 産業経済調査部)

弁理士会が特許制度という殻の中の価値観から経済を眺めているかぎり、そこに映るのは「日本の従来型の戦い方」でしかありません。「日本の従来型の戦い方」ではもはやモノやサービスは売れなければ、弁理士会の従来然としたアピールは企業人には虚しく聞こえるだけでしょう。

「どうやって売るか」は産業技術力や特許出願件数が答えを出すものではないからです。それは、消費者にどうやってアピールし、受け入れられるかといった、技術や知財以外の要素や価値観といった技術の背景にあるべきものだからです。先年の米国でのトヨタのリコール問題でも、ブレーキの踏み味(フィーリング)を問われて、何センチ何ミリといったブレーキの踏みしろのスペックで説明しようとすること自体が、そういった技術の背景にあるべきものを見失ったことの例です。生活習慣・文化といった背景要素に製品やサービスがコミットすることが大切なことだと考えます(これも前項のブログで述べたとおりです)。

知財のメガネからだけで経済を眺めるのではなく、もっと企業や市場の側に立って、対極的な見地や大所高所から、「どうやって売るか」について意見できなければならないと考えます。

by R. Enomori

2 件のコメント:

  1. サムスン電子と韓国特許庁が途上国向け技術支援をするため「適正技術」の開発や普及の業務協約を締結 on Jan 28, 2011
    『【韓国、ソウル】2011年1月28日 - サムスン電子と韓国特許庁は適正技術開発と普及のために協力すると発表しました。さる、2011年1月20日、サムスン電子デジタルシティセンターと韓国特許庁は、韓国知的財産センターにおいて適正技術の開発と普及を行う業務協約を締結しました。「適正技術(Appropriate Technology)」とは、少ない資源または再生可能な資源を利用する高度ではないが利用頻度の多い重要な技術のことです。途上国の人々のために使われている、'善の技術'とも呼ばれています。例えば、泥水が多くきれいな水が少ないアフリカ地域の住民のために開発されたストロータイプのポータブル浄水器であるライフストロー(Life Straw)や、農村の人々のために足で動力を作る潅漑(かんがい)用ペダルポンプは、適正技術を活用して開発された製品です。サムスン電子は、今回の協力合意により、今後サムスンが持っている研究開発マンパワーを活用して適正技術を開発し、海外法人を通して発展途上国にそれらを普及するように積極的に支援する予定です。また韓国特許庁は、約1億5,000万件にのぼる特許データから適正技術開発に必要な情報検索をサポートし、当該国との政府間協力も進める計画です。韓敏鎬(ハン・ミンホ)サムスン電子デジタルシティセンター長は、「韓国特許庁の豊富な特許情報とサムスン電子の技術力が結合された優れた適正技術を開発し、活用することによって途上国市民の生活がより豊かになることを願っています」とコメントしました。
    李秀元(イ・スウォン)韓国特許庁長は「私たちが持っている技術と知識を途上国へ援助する事業は自立誘導型支援であり、同時に環境にやさしい協力である」と強調しながら、「今回の協約締結で知的財産の援助活動が、さらに世界に広がるきっかけになることを願っています」とコメントしました。韓国特許庁は、2009年から特許文献を活用した適正技術普及事業を推進しています。2010年は、国際援助開発団体「Good Neighbors」と協力し、サトウキビの皮を利用した炭製造技術、ドライマンゴー生産技術、土瓦を利用する適正建築技術などを開発し、アフリカなどに提供しました。』

    視点が違いますね。「今回の協約締結で知的財産の援助活動が、さらに世界に広がるきっかけになることを願っています」とはね。「知財立国」を我が国のことばかりで意見しているようではダメですよ。

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  2. 韓国企業は対外的な経済活動に負うところが大きいので、将来の市場になる発展途上国への種まきに余念がないのでしょう。その目的で企業がリソースを提供することも、単なる国際貢献といったことばかりでなく、将来の企業活動を行うための素地を発展途上国に築くといった意味合いがあります。いきなり、モノやサービスを売り込むのではなくて(前項ブログ・コメントでの日本の「お財布携帯」をアフリカなどの発展途上国に売り込むといった、政治家の発言のように、即利益/経済活動という近視眼的な発想ではなく)、先ずは暮らしを豊かにする場面で今は利益にならないことでも種まきをしておくことです。弁理士会や特許庁が中心になって政府援助資金を背景に発展途上国に「適正技術(Appropriate Technology)」を斡旋するような話はあまり聞きません。いつも日本の誇る優れた高度技術の提供の話ばかりです。できた話ばかりを並べてもダメです。

    「知的財産」に関するグラウンドデザインの大きさの違いが日韓では大きくなるばかりです。悔しいことですが。

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