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2011年1月17日月曜日

技術流出問題(重要な発明ほど、特許出願せずに秘匿する?)

日本の特許制度は、出願人以外の者が同様の技術を重複して研究開発することを避けるため、出願から18カ月が経過した時点で特許内容が公開されます。平成2年に始まった電子出願の導入によって、電子情報での公開が可能となったことによります。特許庁の外郭団体がインターネット上の特許電子図書館(IPDL)で、英文抄録(現在は機械翻訳)とともに特許出願の内容が公開されているわけです。出願公開制度はこのように重複研究による無駄な投資や重複出願を抑制するとともに、公表された技術を基に、より優れた技術の開発を促進することを旨とする制度です。


インターネット上のIPDLでは誰もが公開された特許情報の全文(書誌情報も含めて)を無料且つSignInやLogInなしに閲覧することができます。公開情報をPDFのフォーマットでローカルのPCにダウンロードする場合のみ、ロボットアクセスを防ぐための認証画面がありますが、テキストベースならそのような認証画面はないので、画面上からコピー・ペーストして簡単に情報を(再)利用することができます。



近年、IPDLの最大のユーザは中国・韓国という話をききます。

少し旧聞ですが、『2009年10月9日、「羊城晩報」は、広東省知的財産権局の陶凱元(タオ・カイユエン)局長が華南理工大学で最近行った知的財産権に関する特別講義の内容を紹介し、中国企業の知的財産権に関する意識が極めて薄いことを明らかにした。 記事によると、同局は同大と国内の知財権に関する理解と普及を目指し「知的財産権強化大学建設共同推進協定」を交わしたばかり。陶局長によると、現在特許を有する中国企業は全体のわずか1%しかなく、数千社にとどまるという。残りの99%は特許を保有しない。自社の商標を持つ企業は40%で、残りは商標すら持たない。こうした現状について陶局長は、「多くが製造できても開発できず、財産権はあっても知識の無い状態で、偽造によって利益を得ているのが実情。(中略)知財権の侵害については、「件数は増加し規模は拡大する一方。損害賠償額もこれまでに総額で1億元以上にのぼる」と説明した。いわゆる「パクリ」の範囲は広がり、その手段は巧妙になるばかりで、国内産業にとっても大きな脅威になっているという。』(Record China 2009-10-11配信記事より

上述の記事のように、いわゆる「パクリ」は中国企業での知的財産権に関する意識の無さ(低さ)に由来しており、そのような意識でIPDLを使うとどういうことになるかは、推して知るべしでしょう。つまり、IPDLでの公開の趣旨である、公開情報が重複研究による無駄な投資などを省くとか、公表された技術を基により優れた技術の開発を促進する、といった前述の趣意の通りに利用されているのなら良いのですが、「パクリ」の元になっているのではないかとの懸念が、日本の産業界で高まっています。

下がパクリ(デザインだけならまだしも
製造工程とか品質管理など、ノウハウに関わる
部分までマネされたら大変です)
『また、中国での模倣品対策に関連して「電子図書館の技術情報公開にその一因があるという話もあるが、どのような対策を講じるべきか」という質問があった。木原氏は「電子図書館による公開は世界各国で行われていることであり、日本独自のものではない。また、特許の明細書には、細かいノウハウ部分は書かない(書かれていない)ので、特許情報だけで技術を模倣できるかは疑問。加えて、かつて外部からロボットアクセス等の不正なアクセス手法で大量に公報を抜き取るということもあったが、現在は不正なアクセス手法への対策が講じられている」と回答した。さらに「企業を離れた研究者からも技術は流出する。また、企業にとっては失敗したデータが漏れるのも(他企業が省力可能となるので)損失」と日本企業の事例を紹介し、「技術流出問題はあらゆる角度から考えていかなければならない」と結んだ。』(独立行政法人 経済産業研究所 2007年7月25日記事より

以上のような質疑応答がなされています。応答部分として、ノウハウ部分は書かないから(中国企業が)模倣できるかは疑問とありますが、中国で製造を行う日本の中小の製造業者から中国企業が技術移転や技術指導を受けるケースは多く、たとえそれらが契約に基づくものであっても、商慣行や契約意識の違いが元で契約そのものが反故にされ、むざむざノウハウを含む技術を製造装置ごと取られてしまったといった話は珍しくありません。

したがって、技術分野によっては、ノウハウを蓄積した中国企業にとってIPDLの情報は模倣するに最も近道な情報源では?という懸念は払拭されません。日本語で書かれた難解な技術情報のお陰で真似されずに済んでいるという話もありますが、対応の外国出願をしていれば当然、英語で欧州特許庁や米国特許庁から同様にその内容が公開されますし、IPDLが提供している機械翻訳サービスを用いれば、大雑把ですが技術内容を英語に自動的に翻訳して把握することもできます。

さらに、日本国内では、大企業との取引関係において、中小企業は以下の問題は、従来より指摘されています。

『大企業は資金と人的資源で優位にあり、取引関係においても優越的地位にあるが、大企業が悪意を持って意図的に中小企業の知的財産を侵害した場合でも、中小企業は泣き寝入りをせざるを得ないことも少なくない。例えば、大企業と共同研究を実施した際に中小企業の技術が盗用されることや、下請取引において中小企業の金型図面が大企業に流出する問題などが発生している。こうした問題については、下請代金法、不正競争防止法など取引ルールが存在するものの、法運用の実効性が乏しいのが実情であり、監視・指導の強化が求められる。』(経済産業委員会調査室「立法と調査」 2006.9 No.259 より

上述の構図での大企業を、中国の大企業と日本の中小企業との関係で捉えなおしてみれば、日本の中小企業の現場のノウハウが、将来、取引関係上優越的地位になるに違いない中国企業に流出する可能性は大いに考えられます。

このような近い将来の構図を予想してか、昨今、以下のような見解も見るようになってきました。

『(4)IPDLによる技術流出について
【ご意見】 出願が公開され、特許電子図書館(IPDL)で国内のみならず国外でも同様に公開され自由に閲覧できる環境に疑問を感じることもある。結果、技術流出することになりかねないのではないか。
【検討結果】 出願公開制度は、重複研究による無駄な投資や重複出願を抑制するとともに、公表された技術を基に、より優れた技術の開発を促進するものです。公開された特許情報をインターネットで提供する特許電子図書館(IPDL)は、毎年、ユーザーの利便性向上やサービスの拡充を図っており、IPDLを通じた産業財産権情報の積極的な利用が増すことにより、産業財産権の活用がより一層進むものと期待されています。
そこで、公開され公知となった技術と同じ技術の特許出願は、日本国内のみならず国外でも、通常、特許になりませんが、公知になった技術から改良された発明は特許になる可能性があるため、開発した技術を特許権取得の対象とするか、あるいはノウハウとして対外的に秘匿するかを適切に選択することが必要です。そして、特許権取得を選択した場合には、出願の結果、日本国外からも閲覧されることを踏まえ、国外でも権利化する等、より戦略的に出願管理を行うことが重要です。』(Webとっきょ 平成22年9月号 No. 17 より)

知財管理Vol.59No.6, 2009 『中国等の東アジア諸国の猛烈な追い上げの中で、ブラックボックスとして秘匿すべきノウハウの特許出願公開による外部流出は、モノづくり会社にとって重要課題です。特に、製品からの侵害検出が困難な製法等に関する発明が問題となります。平成11年以降、公開前出願放棄制度が廃止になり、ノウハウを秘匿しつつ先願の地位を確保するという手段がなくなってしまいました。そこで弊社では、ノウハウとして秘匿することが望ましい発明に対しては特許出願をせずに図面、書類、キープサンプル等の先使用証拠をそろえて公証人役場で確定日付取得することにより証拠保全するというノウハウ発明の社内登録制を実施しています。なおノウハウ発明者に対しては、モチベーション面の配慮として特許出願発明と同等の発明報奨金を支払っています。・・・出願特許はその会社の技術戦略が一番よく見える情報源です。分野ごとに時系列で、出願特許を精査するとその会社の動きがわかります。逆に言うと、自分のところも外部から見られているわけで、情報戦争の中にあっては出願特許から技術戦略を読み取られないような工夫が必要な時代になったとも言えます。』(荒井晴市/村田製作所)

即ち、特許出願をせずに、敢えて発明の秘匿も知財戦略の選択肢の一つとして考慮すべき時代になったようです。

この背景には、特許法第79条規定の「先使用権」を企業の知財戦略として、見直そうとする動きがあります。

即ち、先に発明したこと(先使用権の成立)を証明することができれば、後に他社が同じ発明で特許を取得しても、使用料を支払うことなくその者は従来通り使用することができるとするものです。(特許法79条)

この証明は、事実実験公正証書または存在事実証明に拠るものとされています。

なお、日本国特許庁では事実実験公正証書を中心にした先使用権制度のガイドラインを作成しています。特許庁は先使用権制度を特許出願件数の削減(審査件数の削減)を目的に推奨しているようです。

事実実験公正証書とは、発明が完成した時点で公証人に現実に完成した発明である技術内容を見てもらって(五感の作用による認識)、認識した事項を確定日とともに証書に残すものです。他方、存在事実証明は、前述の村田製作所の記事にあるように、図面、書類、キープサンプル等の先使用証拠をそろえて公証人役場で確定日付取得することにより証拠保全をすることです。

事実実験公正証書の作成にあたっては、技術に詳しいとは言えない公証人が現場に赴き製品の原材料、機械設備の動作状況や製造過程を直接見聞きして、実験の過程や結果を漏れなく公正証書に記載することなので、特許庁が推奨しているにも関わらず、実際の作成は難しそうです。弁理士がその場に立ち会わない限り記載は無理かもしれません。
特許庁のガイドラインでは弁理士の立会いについては言及がありませんが、弁理士が報酬を得る目的で事実実験公正証書の作成に関与することに関して問題はないだろうとの以下の記事もあります(パテント2003年Vol.56 No.6

他方、存在事実証明については、その目的でのタイムスタンプビジネスが現れるなど、現実性を帯び始めています。タイムスタンプ自体には法的な確定日付効はないので事後、公証人が確定日付を認証して存在事実証明にする必要があるものと思われます。

傾向は、米国でのトロール問題(訴訟問題)への対処の観点からも、今後強まる可能性があります。

『知財高裁や東京・大阪地裁の知財関連判決には、公証人が作成する、いわば実況見分調書とでもいうべき事実実験公正証書や「確定日付」の付与された書面が散見されるようになった。日本公証人連合会と日本弁理士会特許委員会との間の合同研究会として、「知的財産分野における公証制度の利用について」の勉強会を開催し(パレントVol56・6号17頁及び56・9号15頁参照)、昨年の財団法人知的財産研究所主催の「先使用権制度の円滑な利用に関する調査研究会」においても、先使用権確保のために、公証人が作成する事実実験公正証書や確定日付が、大いに有用であることが認識されている。』(伊藤国際特許事務所 2008/12/17web記事より

企業のみならず、特許業界も大きな変動の時期に来ていることは確かなようです。


by R. Enomori

1 件のコメント:

  1. 「日本での成功体験通じない」金型流用されるケースも
    産経新聞 2月6日(日)17時20分配信

    『【BIZパーソン】コーポレート・ドクター 大川康治社長
    日本で優れた製品が誕生する理由は、国土の密度が濃く情報が瞬時に伝わるからだ。これだけ経済の効率性が高い国はなかなか存在しない。中小・ベンチャー企業は、この特性をうまく踏まえた上で、アジア市場をターゲットにして生き抜く必要がある。ただ、かつての大英帝国が智恵の積み重ねで世界を押さえていったように、一定の時間と経験は不可欠だ。

    同時に、徹底したリスク管理が求められる。「相手を信用する」といった日本での成功体験をそのまま海外に持っていくと、いとも簡単にやられてしまうからだ。例えばアジアのメーカーと共同で現地生産を開始したが、金型が流用され、相手側が隠密に大量生産し自社ブランドで勝手に販売するケースもある。

    日本の産業にとって金型は原点だと認識している。金型産業を守り、再生することは重要な課題だ。金型をはじめ日本の技術の流出を防ぐためにも、ブラックボックス化、モジュール化などを進めながら、ビジネスを展開する必要がある。単独で動くのではなく、結集して世界に出ていくことも必要だろう。

    ただ、中小・ベンチャーの若い経営者は、前に進むことしか考えていないケースが多く、経営バランスは決して十分ではない。こうした会社の管理部門を手伝ったり、再建したりするのが当社の役割。人の苦しみを除去して社会に貢献するというドクターの精神をモットーに掲げており、健全な経営体質の具現化に向けてお役に立ちたい。(談)』

    『金型をはじめ日本の技術の流出を防ぐためにも、ブラックボックス化、モジュール化』...特許戦略の見直しがやはり急務ですね。

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